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2009.06.11

「現代の名工」に選ばれた、表面処理のプロフェッショナルに聞く 【後編】名工としての技術を、次の世代へ。“真の技能者”の想い。

資格取得も後進指導も、自らの技能向上や成長の糧となる
オリンパスで得た技術を、分かりやすい形で次の世代へ

画像前回に続き、オリンパス・伊那工場に所属する「現代の名工」、樋代卓司(ひだい・たくじ)に、話を聞きます。今回は、表面処理に関する資格や、次の世代への技術継承についてです。

「自分にとって、必ずプラスアルファとなる。」
実技と学科をバランスよく習得するのが、技能向上と資格取得への近道

前編でも触れたように、樋代は「特級技能検定めっき」、「一級技能検定陽極酸化」、「一級社内技能検定塗装」をはじめ、数多くの資格を取得しています。では、表面処理に関する資格取得試験とはどんな内容なのでしょう。

那工場のアルマイトライン

那工場のアルマイトライン

「アルマイト処理の試験勉強は、現場での仕事にも大いに役立ちます。」樋代は確信を持ってこう言います。試験場は茨城にあり、そこに設置された装置を使って実技試験が行われるそうです。つまり、ふだん仕事をしている工場で慣れた装置を使って受験できるわけではないのです。

「自分たちの工場とは槽も違い、流す電流などの環境も違います。実技試験では、槽内の液の分析から始めます。様々な条件をすべて計算に入れながら、一つの条件設定として完成させ、規定された厚さのアルマイト皮膜を付けなければなりません。」

さらに、現場での経験が生かされる実技試験だけでなく、学科試験の重要性も強調しています。「資格試験のような機会がないと、学科のような勉強はなかなかできません。」
バランスよく学んでこそ、現場に強い技術者になれるのでしょう。

「失敗から学ぶことは多い。トラブルを解決できる“技能者”になれ!」
名工としての技術を、次の世代へと継承する

技術的な資格だけでなく、職業訓練指導員の資格も持っている樋代は、社内指導員として実技・学科の教育訓練を担当しています。ここ9年間の資格試験では、合格者は10名にのぼり、樋代の職場における技能検定保有率も93%と高くなっています。高品質の表面処理を支える多くの技能者を、彼が中心となって育ててきたのです。

「人に教えるには、それ相応の知識、技能、経験などが必要なので、自分もまた勉強しなければなりません。ですから、教えることによって、それらが自分にもより身につくという一面があると思っています。」と樋代。
そして教えるとき、特に注意しているのは、安全面とのこと。表面処理では、危険な薬品をたくさん使います。教えるべきことをきちんと教えなければ、扱い方を間違えてしまいヤケドや皮膚の炎症といった事故を起こしかねません。何よりもまず、安全に作業できることが第一歩なのです。樋代がこう考えるのも、幼い自分に危険な道具の使い方を教えてくれた彼の父親の影響かもしれません。

匠の技を伝える技能道場

匠の技を伝える技能道場

ベテランとなった樋代は、今、若い世代に大きな期待を寄せています。
「仕事を教えている中で、相手を見ていると成長過程が分かります。こちらの期待以上にプラスアルファの結果が出ると、やっぱり嬉しいですよね。」

伊那工場ではある時期、新人を採用していませんでした。しかし、ここ数年は技術継承のためにも、意識的に若い人を受け入れています。樋代とは世代が大きく違うため、コミュニケーションをとるのが難しいと感じることもあるそうですが、「いわゆる“換骨奪胎”的な技術や内容は、直接教えています。」とのこと。つまり、感覚的で独自性の高い内容はマンツーマンでしっかり教える、という方針です。

例えば、薬品の中でアルミ部品をピカピカに光らせる「化学研磨」の実習をしたときのことです。「最初は『こんなことしなきゃいけないの?』とイヤがっていましたね。」と、新人の様子を語る樋代。

樋代の作業風景

樋代の作業風景

アルミ部品を液の中に入れると反応してガスが発生します。しかし液に入れておくだけだと、液の中で泡が発生し上昇するので、その流れがシマ模様となって、部品に付いてしまいます。これを防ぐには、液の中で、アルミ部品を“たまご形”に動かすとよいそうです。上昇する泡を切るような感覚で、アルミ部品を動かすわけです。

こうしたやり方は、言葉だけではなかなか伝わりません。教えている相手が感覚としてつかみ、実際にできるようにならなければ、その技術が本当に伝わったとは言えません。樋代と新人が、アルミ部品を同じように槽の中に入れても、回し方が違えば仕上がりが違ってきます。それ以前にも、槽内の液の温度分布にも気を配り、かくはんして“なだめて”から作業する、といったひと手間もあります。
こうしたセンスをいかに磨くか、教える側にも、教わる側にも、難しい部分があります。

樋代は、小さい頃に彼の父親がしてくれたように、まず自分でやって見せると言います。そうして仕上がったものを見せ、次に、新人にやらせます。最後に、両方の仕上がり具合を比較しながら、うまくいかない原因やどうすればよくなるか、コツや対策を指導するのです。

「自分の持っているものは、できるだけ“ここ”に残したい。」
ノウハウを分かりやすく伝えるため、ビジュアルやITの活用を目指す

伊那工場など国内での化学処理ライン、アルマイト処理ラインの立ち上げに関わる以外に、樋代は海外における立ち上げにも携わってきました。しかし昨今、定年退職を控えた世代を中心に、アジアをはじめとする海外へ活躍の場を移す人が目立ってきています。
「日本で技術を継承する機会が、本当に失われてしまうのではないでしょうか・・・。」樋代は、日本人が持っている技術や、ものづくりのノウハウが流出するのを心配しています。

こうした世間の流れに対し、彼自身は「仕事を通じて得たものは、すべてオリンパスに残していきたい」という思いを持っているそうです。樋代に限らず、「熟練」「ベテラン」と呼ばれる立場の人が、若い世代へと技術を継承するためにどんな方法を取るか。オリンパスだけでなく、ものづくりに関わる多くの企業が悩んでいることでしょう。

樋代は秘伝のワザをマンツーマンで伝授する一方、自分が持っている技術やノウハウのうち、マニュアル化が可能な部分はできるだけマニュアル化し、数値化できる部分は標準パターンの中に落とし込む、といったことを心がけているそうです。

匠の技を伝える技能道場

匠の技を伝える技能道場

また、自分の中にある膨大なトラブルシューティングの事例を集めて残すことも考えています。「失敗したことによって、データを収集できます。それを記録に残していって、次のステップへとつなぐ。その繰り返しです。」文章だけだと分かりづらいと考え、できるだけ写真や絵も交えた、ビジュアルな内容にしたいとのこと。さらに、若い世代が親しんでいる「IT」も、うまく活用できないかと検討しているそうです。

ただし、樋代はマニュアル世代に対する警鐘も鳴らします。分かりやすいマニュアルと処理の自動化によって、入社して3ヶ月くらいの新人でもベテランと同程度の作業ができるようになります。しかし、「パターンを設定してボタンを押すだけなら、単なる『オペレータ』です。」と樋代は断言します。トラブルが起こったり、ふだんと違う現象が出たりしたとき、その原因を解析し適切な対応ができてこそ真の技能者と言えるのです。

若い人の中には失敗すると、「これって、どうなんですか」のような、自分の意見というものが何もない質問をする人がいるようです。そんなときはあえて答えを示さず、「あなたはどう思うか」と尋ねることにしているそうです。「そうじゃないと、考えないから。」樋代は、若い世代が真に成長するようにと願っています。

今の時代、ものづくりの現場はよほどおかしなことをしない限り、マニュアル通りに作業すればよい製品が出来上がる仕組みになっています。作業の効率化だけを考えれば、新人だろうがベテランだろうが、誰が作業しても高品質の製品ができるこうした仕組みはとても大切です。

伊那工場で生産される工業用顕微鏡

伊那工場で生産される工業用顕微鏡

しかし、日本が誇るものづくりの灯を絶やすことなく燃やし続けるためには、現場で働く人々が今まで通りに、また今まで以上にたゆまぬ努力を続けることも、とても大切でしょう。 ものづくりの現場では、偉大な先輩の背中を見て、次の世代が育っていくのです。

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